国民栄誉賞を断った人は誰?イチローや大谷翔平が辞退した真相と理由

目次
国民栄誉賞を断った人は誰?イチローや大谷翔平が辞退した真相と理由
国民栄誉賞を断った人は誰?イチローや大谷翔平が辞退した真相と理由
@ creator • Click to Play Video Inline
🎵 国民栄誉賞を断った人は誰?イチローや大谷翔平が辞退した真相と理由

日本最高峰の栄誉として広く知られる「国民栄誉賞」。1977年に本塁打世界記録を樹立した王貞治氏を称えるために創設されて以来、スポーツ界や文化・芸能界で歴史的な偉業を成し遂げたスターたちに授与されてきました。しかし、その輝かしい歴史の裏側で、政府からの打診を自らの確固たる信念によってきっぱりと断った人物たちが存在します。

日本中が熱狂し、時の政権からも絶賛されながら、なぜ彼らは国家的な栄誉を辞退したのでしょうか。国民栄誉賞の打診を拒否した人々の顔ぶれと、今なお語り継がれる名言や人間味あふれる真相を、メディアの現場視点から徹底的に紐解きます。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:国民栄誉賞を公式に辞退した人物は、福本豊、古関裕而(遺族)、イチロー、大谷翔平の計4名。
  • 要点2:辞退の背景には「現役へのこだわり」「重圧への敬遠」「故人の遺志の尊重」など独自の美学がある。
  • 要点3:賞金なし・政治利用批判がつきまとう制度設計のなか、賞よりも自らの道を貫く姿勢が強い共感を呼んでいる。

【一覧】国民栄誉賞を断った人は誰?歴代辞退者と打診の経緯

国民栄誉賞を辞退した人物は、公に判明しているだけで4名存在します。そのうち3名がプロ野球界の至宝であり、1名が国民的メロディを遺した偉大な作曲家です。まずは、国民栄誉賞辞退者一覧とその打診時の背景を整理します。

辞退者名打診年(内閣)打診のきっかけとなった主な功績辞退の主な理由・コメント
福本豊1983年(中曽根内閣)世界記録となる通算939盗塁達成「そんな賞をもらったら立ち小便もできなくなる」
古関裕而(遺族)1989年(海部内閣)数々の名曲を通じた大衆音楽への多大な貢献(没後打診)「元気に生きている時に受けるべきで、没後の受章は本意ではない」
イチロー(鈴木一朗)2001年・2004年・2019年
(小泉内閣・安倍内閣)
MLB新人王&MVP、年間262安打記録、現役引退「発展途上の選手」「人生の幕を下ろすときにいただけるよう励みたい」
大谷翔平2021年(岸田内閣)MLBで初のア・リーグ満票MVP獲得「まだ早い。現役の道半ばであり、今後のプレーに集中したい」

歴代の国民栄誉賞受賞者はこれまでに20組以上を数えますが、打診を受けながらも首を縦に振らなかった人物たちの存在は、この賞の重みと特異性を浮き彫りにしています。

イチローが「3度辞退」した理由|なぜ国民栄誉賞を受け取らないのか

日本を代表するレジェンド、イチロー(鈴木一朗)氏は、歴代で最多となる通算3回にわたって国民栄誉賞の打診を辞退しています。これほど執拗なラブコールを受けながらも固辞し続けた背景には、アスリートとしての揺るぎない矜持がありました。

最初の打診は、シアトル・マリナーズに移籍してメジャーリーグ1年目で首位打者、盗塁王、新人王、ア・リーグMVPを総なめにした2001年でした。小泉純一郎内閣からの打診に対し、当時28歳だったイチロー氏は「まだ自分は発展途上の選手であり、現段階でそのような大きな賞をいただくのはモチベーション低下につながる」という主旨で丁重に固辞しました。

2度目は、メジャーの年間最多安打記録を84年ぶりに塗り替える「262安打」を樹立した2004年です。この際も同様に「現役でプレーを続けている間はもらえない」と自身のスタンスを崩しませんでした。

そして日本中が注目したのが、東京ドームで劇的な引退試合を終えた2019年の3度目の打診です。現役を退いたことで受章の障壁は消えたと見られていましたが、安倍晋三内閣からの意向確認に対し、代理人を通じて次のようなメッセージを伝えて辞退しました。

「人生の幕を下ろすときにいただけるよう、これからの人生を励みたい」

ユニフォームを脱いでも、人生というグラウンドでの戦いは終わらない。過去の実績で過去の人として称えられるのではなく、生涯を通じて自らを高め続けたいというイチロー氏らしい求道精神の結晶といえるエピソードです。

大谷翔平の辞退劇|「まだ早い」二刀流のスーパースターが貫くストイックな哲学

近代野球の常識を次々と覆し、世界を驚かせ続ける大谷翔平選手もまた、若くして栄誉を辞退した一人です。

打診があったのは、投手として9勝、打者として46本塁打を放ち、メジャーリーグ史上初となる満票でのア・リーグMVPに輝いた2021年秋のことでした。松野博一官房長官(当時)が記者会見で正式に明らかにしたところによると、政府が打診の意向を打診した際、大谷選手側からは次のような返答がありました。

「大変名誉な話だが、まだ早いので今回は辞退させていただきたい」

二刀流として頂点に立った直後でありながら、本人は自らのキャリアを「まだ道半ば」と捉えていました。受章に伴う各種のセレモニーや世間の過熱報道によって、トレーニングや競技に注ぐべき集中力を削がれることを何よりも嫌ったと伝えられています。

その後も大谷選手はWBC制覇、2度目の満票MVP、前人未到の50本塁打50盗塁(50-50)達成、ワールドシリーズ制覇と規格外の快挙を成し遂げ続けています。しかし、現役で進化を続ける限り、野球だけにすべてを捧げる姿勢を崩さない大谷選手にとって、公的な栄冠を受け取るタイミングは今ではないという判断が一貫しています。

「立ち小便もでけへん」福本豊が放った伝説の名言と昭和の辞退劇

国民栄誉賞を辞退した人物のなかで、最も痛快かつ庶民的な理由として語り継がれているのが、元阪急ブレーブスの「世界の盗塁王」こと福本豊氏です。

1983年6月、福本氏はルー・ブロックの持つ通算盗塁世界記録(当時)を更新する939盗塁を達成。中曽根康弘首相(当時)は即座に国民栄誉賞の授与を検討し、本人へ打診しました。しかし、福本氏の口から出た言葉は、永田町の官僚たちを仰天させるものでした。

「そんなんもろうたら、立ち小便もでけへんようになる」

一見すると破天荒な関西弁の冗談のように聞こえますが、この発言の真意には福本氏の深いプロフェッショナリズムと謙虚さが隠されていました。のちに本人が語ったところによると、「自分は野球選手としてグラウンドで走ってきただけで、国民の手本となるような高尚な人間ではない。そんな大層な賞をもらったら、普段の私生活まで窮屈になってしまう」という等身大の自制心があったのです。

結果として福本氏の飾らない発言はファンの共感を呼び、同氏の人間味を象徴する伝説のエピソードとして球史に刻まれることになりました。

名作曲家・古関裕而の遺族が受章を断った知られざる真相

プロ野球選手たちが現役へのこだわりから辞退するなか、全く異なる経緯で受章を辞退したのが作曲家の古関裕而氏です。

阪神タイガースの球団歌「六甲おろし」や全国高校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」、1964年東京五輪の「オリンピック・マーチ」など、日本人の心に響く数多の名曲を生み出した古関氏は、1989年8月に80歳で逝去しました。海部俊樹内閣は同氏の多大な功績を称え、没後の国民栄誉賞授与を検討しました。

しかし、遺族である長男・正裕氏をはじめとする親族は、慎重に話し合った末にこの申し出を固辞しました。その主な理由は以下の通りです。

  • 「本人が元気で生きているうちに評価してほしかった」という無念の思い
  • 亡くなった途端に政治的な意図が透けて見える形で表彰されることへの違和感
  • 大衆とともに歩み、静かに音楽を愛し続けた故人の清貧な生き方を守りたいという遺志

歴代の受賞者には没後追贈されたケースも少なくありませんが、遺族が故人の美学を最優先し、国家の栄冠をあえて受け取らない決断を下した稀有な事例です。

国民栄誉賞の選考基準と特典・賞金|なぜプロ野球選手に辞退が多いのか?

そもそも国民栄誉賞とはどのような基準で選ばれ、受章者には何が与えられるのでしょうか。制度の構造を知ることで、なぜ辞退者、特にプロ野球選手の辞退が目立つのかが見えてきます。

受賞資格と選考基準のあいまいさ

国民栄誉賞の表彰規程第2条には、受賞資格として「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績のあった者で、内閣総理大臣が本表彰をすることを適当と認めるもの」と定められています。法律に基づいた明確な数値基準はなく、最終的な判断は時の首相に委ねられています。そのため、内閣支持率の浮揚や政権浮揚策としての「政治利用」が長年批判の対象となってきました。

賞金はゼロ?副賞の銀製品と記念品

国民栄誉賞に賞金は一切ありません。授与されるのは表彰状と盾、そして「100万円相当の記念品」のみです。これまでに純銀製の壺や蒔絵の筆記具、特注の西陣織の着物などが贈られていますが、高額な年俸を稼ぎ出すトップアスリートにとって金銭的なインセンティブは皆無といえます。

なぜプロ野球選手に辞退が多いのか?

プロのアスリートにとって、最大の評価基準はグラウンド上での勝利と記録、そしてファンからの声援です。時の政権から与えられる公的なメダルは、以下のようなデメリットを伴う側面があります。

  • プレーへの足枷:「模範的国民」としての行動を社会から過剰に求められ、奔放なプレーや私生活が制限される。
  • 政治的な色合い:政権の人気取りに利用されたという印象をファンに与えかねない。
  • 現役意識の終焉:賞の性質上「上がりの賞(人生の総括)」と見なされがちで、成長のハングリー精神を削ぐ恐れがある。

「まだうまくなりたい」「グラウンドで結果を出し続けたい」と願う求道者であればあるほど、現役中の国民栄誉賞打診を拒否するのは自然な帰結といえます。

【国民栄誉賞 断った人】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:国民栄誉賞を辞退した人はこれまでに何人いますか?
A1:政府からの正式な打診や意向確認に対し、辞退したことが公に判明しているのは福本豊氏、古関裕而氏(遺族)、イチロー氏、大谷翔平選手の計4名です。なお、イチロー氏は通算3回辞退しているため、辞退の件数としては延べ6回となります。

Q2:イチローや大谷翔平は今後、引退後に国民栄誉賞を受章する可能性はありますか?
A2:十分に考えられます。イチロー氏は2019年の辞退時に「人生の幕を下ろすときにいただけるよう励みたい」と語っており、将来的な受章に含みを持たせています。また、大谷選手も「まだ早い」と時期尚早を理由にしているため、現役生活を完全に終えた段階で改めて受章する可能性は排除されていません。

Q3:国民栄誉賞を受賞するとどんな特典や恩恵があるのですか?税金免除はありますか?
A3:特別な年金支給や税制上の優遇措置(非課税特権など)は一切ありません。授与されるのは名誉ある表彰状、盾、および上限100万円相当の記念品(副賞)のみです。法的な特権がないことも、実績を誇る超一流選手が受章に執着しない要因の一つとなっています。

まとめ:栄誉に縛られない超一流たちの矜持

国民栄誉賞を断った人々の歩みを振り返ると、そこに浮かび上がるのは傲慢さではなく、驚くほど純粋な「自らの生き方に対する誠実さ」です。

国家からの最高峰の栄誉よりも、普段通りの暮らしやすさを選んだ福本豊氏。死後の政治的表彰よりも故人の歩みを尊んだ古関裕而氏の遺族。そして、過去の栄光に浸ることなく、現役選手として果てなき高みを目指し続けるイチロー氏と大谷翔平選手。

権威に迎合せず、自分の信じる道をただひたすらに歩み続ける彼らの強烈なプロ意識こそが、賞そのもの以上に国民の心を打ち、敬愛され続ける真の理由なのかもしれません。 (出典: 国民栄誉賞 断った人(Yahoo!ニュース))

国民栄誉賞 断った人
国民栄誉賞 断った人
国民栄誉賞 断った人