元鷹のエース摂津正の現在|白血病を乗り越えた沢村賞投手の歩み
福岡ソフトバンクホークスの黄金期を支え、中継ぎから先発のエースへと駆け上がった摂津正(せっつ・ただし)氏。2012年には沢村賞を受賞し、5年連続で開幕投手を務めるなど圧倒的な実績を残した右腕ですが、2021年に公表された「慢性骨髄性白血病」のニュースは球界とファンに大きな衝撃を与えました。
あれから月日が流れた現在、摂津氏はどのように病と向き合い、どのような日々を過ごしているのでしょうか。現役時代の輝かしい成績や年俸推移、現役引退を決断した舞台裏、そしてプロ顔負けの腕前を持つ釣り活動や野球解説者としての現在の姿まで、その歩みを余すところなくお届けします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2021年に公表した慢性骨髄性白血病は分子標的薬による治療を継続し、現在は数値も安定して元気に活動中。
- 要点2:中継ぎ「SBM48」で新人王・最優秀中継ぎを獲得後、先発転向2年目で沢村賞と最高年俸4億円を達成した稀代の右腕。
- 要点3:現在はプロ野球解説者や少年野球の普及活動に加え、大好きな釣り関連メディアでも活躍しファンに元気な姿を届けている。
【現在の状況】元ホークス摂津正の体調と白血病との向き合い方
2021年1月、摂津正氏が自身のInstagramで慢性骨髄性白血病(CML)と診断されたことを公表した際、球界のみならず全国の野球ファンに激震が走りました。自覚症状はほとんどなく、毎年の定期的な健康診断における血液検査の数値異常がきっかけで見つかった初期の発見でした。
公表当初は不安の声が広がったものの、摂津氏は主治医と相談の上で適切な分子標的薬による薬物治療をスタート。投薬に伴う副作用やだるさと戦いながらも、焦ることなく病気と共生する道を選びました。
現在では血液中の遺伝子レベルでの検査数値も非常に良好な状態(寛解維持)を保っており、激しい運動を伴わない日常生活や仕事にはまったく支障がありません。テレビやラジオのプロ野球中継での解説はもちろん、精力的にロケやイベントへ参加する姿は、同じ病気を抱える多くの患者にとっても大きな希望の光となっています。
「SBM48」から沢村賞へ|圧巻の成績と年俸推移
摂津正という投手を語る上で外せないのが、球史に残る異例のキャリアステップです。社会人野球のJR東日本東北で長くエースを務め、26歳という遅咲きのオールドルーキーとして2008年ドラフト5位で福岡ソフトバンクホークスへ入団しました。
プロ入り直後からその卓越した制球力と鋭く沈むシンカーを武器に大活躍を見せます。ブライアン・ファルケンボーグ、馬原孝浩らとともに結成された最強リリーフ陣は「SBM(のちにSBM48)」と称され、パ・リーグの脅威となりました。
1年目の2009年には70試合に登板して新人王と最優秀中継ぎ投手を獲得。翌2010年も71試合に登板して2年連続の最優秀中継ぎに輝くなど、フル回転の働きでチームを牽引しました。
2011年からは首脳陣の打診を受けて先発へ転向。スタミナ面を不安視する声を実力でねじ伏せ、14勝を挙げてリーグ優勝に大貢献します。さらに翌2012年には17勝5敗、防御率1.88という圧巻の数字を叩き出し、最多勝と投手最高の栄誉である沢村賞を受賞しました。
年俸推移もその活躍に比例して急上昇を記録しました。契約金5000万円・推定年俸1200万円からスタートした契約は、新人王獲得で一気に倍増以上へ。先発でタイトルを総なめにした2013年オフには大台を突破し、2015年オフには最高年俸4億円(複数年契約)に到達。まさに実力ひとつで球界の頂点へと上り詰めたサクセスストーリーでした。
マウンドを降りた理由|右肩の異変と引き際の美学
2012年から5年連続で開幕投手を務めるなど、ホークスの絶対的エースとして君臨した摂津氏ですが、プロ通算10年目を迎えた2018年に大きな転換期を迎えます。
長年の中継ぎ登板と先発完投を重ねた疲労は確実に右肩や肘へと蓄積していました。生命線だったボールのキレや制球にわずかなズレが生じ、思うような投球ができない登板が増加。2018年シーズン終了後、球団から戦力外通告を受けました。
他球団での現役続行を目指してトレーニングを続けたものの、自身の納得いくオファーやコンディションとの折り合いがつかず、同年12月に現役引退を決断。「悔いはない。やりきった」と語った会見での潔い表情は、多くのファンの胸を打ちました。ボロボロになるまで腕を振り続けた右腕の、美しい引き際でした。
闘病を支えた家族の存在|妻と歩んだ知られざる日々
突然の白血病宣告を受け、先の見えない不安に直面した摂津氏を最も近くで支え続けたのが、愛妻・苑代(そのよ)夫人と子どもたちの存在でした。
病気を告知された際、本人はもちろん家族の受けたショックは計り知れないものでした。しかし、夫人は取り乱すことなく「今できることを一つずつやっていこう」と前を向き、日々の食事管理や服薬スケジュールの徹底サポートを行いました。副作用で倦怠感が強い時期も、家庭内の明るい雰囲気を絶やさず、夫のメンタルを力強く包み込みました。
「家族の支えがあったからこそ、病気の公表を決断できたし、前向きに治療と向き合えた」と摂津氏自身もメディアで語っています。病魔という見えない強打者に対しても、家族が一丸となった強力バッテリーで立ち向かったのです。
解説者とプロ級の「釣り」活動|第二の人生で輝く現在の姿
現在の摂津氏は、福岡を拠点にマルチな活動を展開しています。プロ野球シーズン中はテレビ西日本(TNC)などのプロ野球中継で的確で落ち着いた解説を披露。投手心理に基づいた冷静かつ分かりやすい語り口は、玄人ファンからも高い評価を得ています。
そしてもう一つ、摂津氏の代名詞となっているのが大の「釣り好き」としての活動です。現役時代からオフの息抜きとして知られていましたが、引退後はその情熱がさらに本格化。自身のYouTubeチャンネルや釣り専門番組、イベント等でプロアングラー顔負けのテクニックと知識を披露しています。
玄界灘の荒波に揺られながら大物を釣り上げ、満面の笑みを浮かべる姿は、現役時代のポーカーフェイスとは対照的で非常に魅力的です。マウンド上の緊迫感から解放され、自然体で人生を楽しむ姿に、ファンからは温かいエールが寄せられ続けています。
【ホークス 摂津】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:摂津正投手の現在の白血病の病状はどうなっていますか?
A1:定期的な通院と分子標的薬による服薬治療を継続しており、血液検査の数値も非常に安定した寛解状態を維持しています。日常生活や解説・タレント活動に支障はなく、元気に仕事をこなしています。
Q2:摂津正投手が現役時代に獲得した主な個人タイトルは何ですか?
A2:2009年に新人王と最優秀中継ぎ投手、2010年に2年連続の最優秀中継ぎ投手、そして先発転向後の2012年には最多勝利(17勝)と最高勝率、さらに最高峰の栄誉である「沢村賞」を受賞しています。
Q3:摂津正投手の現役時代の生涯年俸はどのくらいですか?
A3:26歳のオールドルーキー(年俸1200万円)からスタートし、最高年俸は4億円に到達。10年間の現役生活における推定生涯獲得年俸の総額は、20億円を超えるとされています。
まとめ:マウンドから日常へ、挑戦を続ける摂津正のこれから
遅咲きのドラフト指名から中継ぎのスペシャリストとなり、先発転向で沢村賞を獲得、そして突然の白血病という大きな試練をも乗り越えてきた摂津正氏。その足跡は、どんな困難なマウンドでも動じることなくコースを突いてきたピッチングそのものです。
病気を公表し、正しく治療を受けながら前向きに生きる姿を発信し続けることは、同じ病と戦う人々に勇気を与えています。解説者として球界に恩返しをしつつ、趣味の釣りで屈託のない笑顔を見せる現在の摂津氏から、今後も目が離せません。 (出典: ホークス 摂津(Yahoo!ニュース))