錦戸亮はなぜNEWSと関ジャニを兼任?異例の掛け持ち真相と現在
男性アイドルグループの歴史において、トップアイドルがメジャーデビューした2つの人気グループに正式メンバーとして同時に所属し、活動を続けるという前代未聞の事態がありました。その中心にいたのが、卓越した歌唱力と存在感でシーンを牽引してきた錦戸亮です。
当時、東京を拠点とする正統派アイドルグループNEWSと、関西を拠点とする個性派集団関ジャニ∞(現・SUPER EIGHT)の双方で主軸を務めていた錦戸亮。なぜこのような異例のグループ掛け持ちが実現し、そしてどのような葛藤の末に解消へと向かったのでしょうか。本稿では、当時の結成秘話や過密スケジュールの実態、脱退の決定打となった真相、そして現在に至るまでの歩みを多角的に検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 結成の経緯:2003年のNEWS結成時、関西ジャニーズJr.の起爆剤として錦戸亮と内博貴が抜擢され、異例の兼任体制がスタートした。
- 掛け持ちの過酷さ:CDリリースやコンサート、ドラマ撮影が重複し、新幹線での往復や体調管理など限界に近い過密日程をこなしていた。
- NEWS脱退と現在:スケジュールの調整限界を理由に2011年にNEWSを脱退して関ジャニ∞に専念。その後2019年に独立し、現在はソロアーティスト・俳優として確固たる地位を築いている。
【結成秘話】錦戸亮はなぜNEWSと関ジャニ∞を兼任したのか?
事の発端は2003年秋、バレーボールワールドカップのイメージキャラクターとして結成されたNEWSの誕生に遡ります。NEWS結成当時のメンバーは、山下智久を中心に、小山慶一郎、加藤成亮(現・加藤シゲアキ)、増田貴久、手越祐也、草野博紀、森内貴寛(現・ONE OK ROCKのTaka)、そして関西から抜擢された錦戸亮と内博貴の計9名でした。
当時、錦戸と内は関西ジャニーズJr.の筆頭格として、すでに2002年に結成されていた「関ジャニ8」の中心メンバーとして絶大な人気を誇っていました。希代のプロデューサーであったジャニー喜多川氏には、「関西の知名度を全国区へ押し上げたい」「実力のある錦戸と内を東京の大型プロジェクトにも組み込みたい」という強い構想がありました。その結果、従来のアイドル界では前例のない「2グループ同時メジャーデビュー・兼任」という異例の体制が敷かれることになったのです。
翌2004年には関ジャニ∞が『浪花いろは節』で全国デビューを果たし、名実ともに錦戸亮と内博貴の「二重所属」が本格化しました。
【前代未聞の兼任】アイドル界における掛け持ちの前例と当時の構図
過去のアイドル史を振り返っても、期間限定ユニットやシャッフルユニットへの一時的な参加はあるものの、恒常的に2つのメジャーグループで主要ポジションを兼任した例は極めて稀です。アイドルグループ兼任の前例として、錦戸と内のケースはまさに特異点でした。
内博貴のグループ掛け持ち理由も錦戸と同様に、関西発のムーブメントを全国へ届けるための橋渡し役という戦略的意図がありました。しかし、異なるグループカラーを持つ2つの母体を背負う重圧は計り知れないものでした。王道のキラキラしたポップスを歌うNEWSと、泥臭く熱量あふれるバンドスタイルやコントもこなす関ジャニ∞。錦戸は、求められるアイドル像のギャップを巧みに演じ分けながら、両グループの顔として走り続けることになります。
【過密スケジュールの限界】東京と大阪を往復し続けた壮絶な日々
兼任時代の錦戸亮を語る上で避けて通れないのが、過密を極めたスケジュールです。東京と大阪を新幹線で頻繁に往復する日々が何年間も続きました。
音楽番組『ミュージックステーション』でNEWSとして出演した直後に着替えて関ジャニ∞としてパフォーマンスを披露したり、NEWSの全国アリーナツアーの合間に関ジャニ∞の47都道府県ツアーを敢行したりと、物理的な移動だけでも常軌を逸したハードさでした。さらに、錦戸は俳優としても『ラスト・フレンズ』『1リットルの涙』『流星の絆』など数々の大ヒットドラマで重要な役どころを演じており、セリフ覚えや撮影に追われ、睡眠時間を削る毎日を余儀なくされていました。
当時のインタビューでも「自分が今どっちのグループの曲の振付を踊っているのか分からなくなる瞬間があった」と吐露するほど、肉体的・精神的な負荷は限界に達していました。
【脱退の真相】2011年NEWS脱退と山下智久との同時離脱
長年続いた兼任体制に終止符が打たれたのは、2011年10月7日のことでした。錦戸亮とエースであった山下智久が同時にNEWSを脱退することが電撃発表され、世間に大きな衝撃を与えました。
錦戸亮のNEWS脱退理由の真相として公式に明かされたのは、「グループ間のスケジュール調整がこれ以上困難になったこと」でした。関ジャニ∞のレギュラー番組やスタジアム級のライブ活動が本格化し、NEWSとしてのCDリリースやツアー計画に錦戸のスケジュールが影響を及ぼすケースが増えていたためです。「両方のファンやメンバーに中途半端な形で迷惑をかけたくない」という錦戸自身のプロフェッショナルとしての責任感が、苦渋の決断を下す決定打となりました。
山下智久のソロ活動志向と錦戸のスケジュール問題が重なった錦戸亮・山下智久の同時脱退は、NEWSというグループのあり方を大きく変える転換点となりましたが、錦戸にとっては「関ジャニ∞一本に絞り、全力でコミットする」という覚悟の表れでもありました。
【絆と葛藤】関ジャニ∞(現SUPER EIGHT)メンバーとの仲と2019年の再出発
NEWS脱退後、錦戸は関ジャニ∞のメインボーカル兼ギタリストとしてグループの黄金期を牽引しました。メンバーたちも、長年NEWSとの兼任で過酷な負担を背負ってきた錦戸の労苦を誰よりも理解しており、関ジャニ∞と錦戸亮の仲エピソードには深いリスペクトが溢れています。
東京での仕事を終えて関西に戻ってきた錦戸を温かく迎え入れ、錦戸自身も「関ジャニ∞は自分が素に戻れるホーム」と語るなど、メンバー間の結束は強固でした。しかし、メインボーカルの渋谷すばるが音楽留学のため脱退したことを契機に、グループの将来像や自身の音楽的探求について深く再考するようになります。
そして2019年9月、錦戸は関ジャニ∞を脱退し、ジャニーズ事務所を退所。自らの足で独立した表現者としての道を歩み始めることになりました。現在、グループはSUPER EIGHTへと改名しドームツアーを成功させるなど進化を続けており、錦戸もまた別の場所でリスペクトを持ちながら自らの表現を追求しています。
【錦戸亮の現在】ソロアーティスト・俳優として切り拓く独自の世界
独立後の錦戸亮のソロ活動は、極めて順調かつ精力的な展開を見せています。自主レーベル「NOMAD RECORDS」を立ち上げ、作詞・作曲・プロデュースを自身で手掛ける楽曲を定期的にリリース。全国ツアーや日本武道館公演を成功させるなど、本格派シンガーソングライターとして強固なファンベースを確立しています。
また、俳優としてもNetflixシリーズ『離婚しようよ』や地上波ドラマ、映画への出演を重ね、その繊細かつ骨太な演技力は業界内外から高い評価を得ています。2つの看板を背負い、アイドルカルチャーの最前線で揉まれ続けた過密な兼任時代があったからこそ、何ものにも代えがたい表現の深みが現在の錦戸亮を形作っています。
【錦戸亮 グループ 掛け持ち なぜ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:なぜ最初から1つのグループに絞らなかったのですか?
A1:ジャニー喜多川氏による「関西ジャニーズJr.の人気を全国区にする」「実力のある錦戸亮と内博貴を東京発の大型グループNEWSの起爆剤にする」という戦略的プロデュース方針があったためです。
Q2:NEWSと関ジャニ∞の掛け持ち期間はどれくらいでしたか?
A2:NEWSが結成された2003年9月から、NEWSを脱退した2011年10月までの約8年間にわたり、錦戸亮は両グループを兼任していました。
Q3:脱退時、メンバーとの間に不仲や確執はあったのですか?
A3:確執ではなく、主に物理的なスケジュール調整の限界が原因です。双方のグループの活動規模が拡大するにつれ、両立が困難になり、お互いの未来のために前向きな決断として兼任が解除されました。
まとめ:2つの看板を背負った経験が形作った唯一無二の表現力
錦戸亮がNEWSと関ジャニ∞という2つのメガグループを兼任していた約8年間は、日本の男性アイドル史においても類を見ない特異な時代でした。殺人的な過密スケジュールを乗り越え、王道ポップスと関西特有のロック・エンターテインメントの双方で磨かれた経験は、現在の彼の音楽性と演技の土台となっています。
SUPER EIGHTとして新たな歴史を刻み続けるかつての仲間たち、そして独立独歩で表現を深める錦戸亮。異なる道を歩みながらも、互いにカルチャーシーンの第一線で輝き続ける彼らの動向から、今後も目が離せません。 (出典: 錦戸亮 グループ 掛け持ち なぜ(Yahoo!ニュース))